ねえ、いつもいっぱいいっぱい伝えているつもりだけれど
足りていない気がするのはこんな日だから?
LOVE,MAMA,LOVE
てきぱきと、それはもうその言葉以外では表現できないくらいてきぱきと、千代はドリンクをボトルに詰めている。
傍らにはきちんとたたまれたタオル。
わかりやすくまとめられた資料。
おおよそマネージャーという職務に求められるもの全てを彼女はそつなくこなしている。
「監督、この間の試合のデータまとめておきました」
「ありがと〜千代ちゃん」
きれいにファイリングされたそれを受け取りながら、百枝はふ、と考え込む。
「……監督?」
なにか不備がありましたか、と問いかける千代に、慌てて首を振った。
「ううん、そうじゃないのよ!そうじゃなくて」
「はい」
「『ありがとう』を何倍かにして伝えるにはどうしたらいいのかな?」
「……ちょーありがとう、とか?」
きょとんとした顔とともにさらりと言う、それがとても可愛いのだ。
そうじゃなくて、と百枝はまたくりかえした。
「だってね、千代ちゃんはいつもすっごく頑張ってくれるじゃない?」
なぜかかしこまったようにお互い見詰め合っていることに若干の照れを感じつつ百枝は言葉をつなげる。
「それに対して私はありがとう、って同じ言葉しか返せていなくて……」
なんといったものか考えあぐねている百枝に、千代はああ、と頷いた。
「みんなが楽しそうに野球してくれてるのが、なによりも嬉しいです」
ああなんて、お手本のような答え。
「でもでも、今日は母の日だし!」
「母の日、ですねえ」
千代が「それが何か?」という顔をするのももっともだったが、百枝はことさら力を込めて言った。
「千代ちゃんは西浦のお母さんだもの!」
マネージャーはみんなのお母さんです。
とはよく言ったものだ。
千代の場合、さらにブレーン機能付きのスーパーお母さんなのだ。
「ありがとう」の言葉だけじゃ、とうていその働きに報いていない気がする。
「っはははは!もー、お母さんって!こんな大きい子どもをいっぱい持った覚えはありませんよう!」
「千代ちゃーん、笑い事じゃないんだから!」
どう考えても笑い事にしかならないことを、笑い事ではないと真剣に言う目の前の女性が愛しくて、千代は自分より随分上のほうにある彼女の目を見つめた。
こんなに大好きになるなんて思いもしなかったなあ。
予想外の自分の心の動きに戸惑ってはいるものの、それは心地良ささえ感じるものだった。
「それって、私にごほうびをくれるってことですか?」
「なになに?何でも言ってちょうだい」
「抱きしめてもいいですか?」
百枝の答えを聞かないまま、千代は距離を縮めると百枝を抱きしめた。
背が高く、日々の運動で鍛えてあるけれど、百枝の身体は女性らしい曲線を失ってはいなくて柔らかだ。
「え?え?千代ちゃん?」
突然抱きしめられる形となった百枝は、滅多に見せない慌てた顔をする。
「……ふはー。充電完了!」
抱きしめた時と同様に、突然千代は百枝から離れた。
「充電?」
「はい、これ、母の日のごほうびってことで」
ありがたくいただいときますね、そう微笑んで千代は走っていった。
百枝はファイルを指先でもてあそびながらその後姿を見送る。
(たくさんのありがとう、伝わったのかなあ)
どれだけたくさん口にしてもまだ足りない気がしたのに。
千代の柔らかな笑顔を思い出し、百枝も口元を緩める。
あんな簡単なことで伝わった気がしたのも、こんな日だから?
Thanks Mom!
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